seseriooのブログ

メギド72、ツイステ、マンガなどについて語りたいだけたまに時事ネタ挟むかも?

ツイステ原作考察・不思議の国のアリスについて(2)

今日は、昨日まとめきれなかった薔薇とキリスト教の関係についてです。

宗教については専門じゃないので、ネット情報の取捨択一でまとめてます。

詳しい方からは「違う!」ってこともあるかもですが、とりあえず素人の戯れ言として生暖かく見守って頂ければと…。

 

ルイスキャロルは、教師であり牧師でした。

なので、キリスト教的な言葉が意味するところは知っていて物語に取り入れている可能性もあります。

 

白い薔薇→処女性、純潔、無垢

赤い薔薇→殉教、愛、キリストの受難

 

白から赤に塗り替えることの意味とは、キャロルがロマン主義の影響を受けていて純真無垢な少女を神に近い存在として、多く写真を残していることを考えると、少女から女性へ変わってしまう過程を暗示しているのかもしれません。(ハートの女王は間違いなく少女でなく女性として描かれていますし)

 

また、赤い薔薇は錬金術においても「賢者の石」の暗喩として好まれたという記述もありました。

 

殉教者のお墓に赤い薔薇の彫刻をすることで、「復活」を意味するところとなることや、弔い花として「白い薔薇、赤い薔薇」は一般的であるようです。

 

また、なぜそんなに薔薇がキリスト教において大事にされているかというと、キリストが亡くなった時の傷に所以があるらしいです。

 

彼は体の5箇所にくぎ打たれて亡くなりました。そこから、5枚の花弁の花は特別なものとなったようです。

そこに該当するのが、「薔薇」「林檎」の花です。

(百合についても、処女性を語る上でキリストにとって大事な花のようですが、割愛)

 

林檎は、キリスト教にとって禁断の果実であると言われがちですが、聖書には果実の詳細は書かれていないため、後世で勝手につけられたイメージというのが本当のところのようです。

 

そして、ディズニーとキリスト教の関わりについても少し言及しておくと、ウォルトディズニーの父親は敬虔なキリスト教徒だったようで、ウォルト自身もキリスト教徒だと明言はしていました。(ただ、教会に熱心に通ったりなどはなかった模様)

 

キリスト教において、生命を生み出す行為は神の所業であるため、彼がアニメーションを通して生命を創造する行為については賛否両論あったようです。

 

そして、彼は全世界の人々がアニメーションを楽しい娯楽として捉えられるよう、宗教的な描写についてはとても慎重だったそうです。なるべく排除していたとも言えるかもしれません。

 

それが、唯一反キリスト的な立位置で制作された「ノートルダムの鐘」

舞台は「ノートルダム大聖堂」、ヒロインはキリスト教でないジプシーの女性、ヴィランズは判事(原作で司祭)

これはディズニー作品においてかなり特殊らしいので、また改めて考えてみたいと思います。 

 

ツイステ世界において、彼らが存在する世界は誰が創造したものなのか、ミッキーのいる鏡の向こう側の世界とはどのように繋がっているのか、主人公は何者で、どんな役割があるのか、学園長の目的は何なのか、まだまだ見えないことばかりですが、これからもツイステ世界の「事実」の断片からいろんな情報を拾って考えていきたいと思います。